ヨガ哲学の小部屋 「ボルダリングジム初体験」 望月紗耶

今回のヨガ哲学の小部屋は、望月紗耶先生の小話です。
担当クラス:
火曜10:00-11:30 OPEN
火曜15:00-16:30 入門
火曜19:30-21:00 OPEN
日曜11:00-12:30 入門

ヨガの根本経典“バガヴァット・ギーター”、この本の中にこのような教えがあります。
「最初は毒のようで、結末は甘露のような幸福、それはサットヴァ的な幸福といわれる」

まず、“サットバ”という言葉は“純質的な・純粋な”という意味です。
汚れのない純粋な幸せというのは、その幸せを手に入れたあと、自分自身に悪い影響を及ぼしたりしないとても良い幸せのことです。そんなサットヴァ的幸福は、どのようにして訪れるのかというと、最初は毒を味わうように、とても辛く、苦々しい世界を経験します。でもそれが最後になると甘露を味わうかのように、うっとりとした世界に変わっていく。“初めは辛く、最後はハッピー”というこの流れで手に入れた幸せがサットヴァ的な幸せなのです。

例えば初めて就くバイトや職場。その仕事で本当の楽しさを味わう前に、覚えなければいけないことや、人間関係を築いたりとやることも多く大変です。困難な場面に出くわすかもしれません。しかし、その困難から逃げずに向き合い、1つずつ乗り越えていくと、次第にできることも増え、充実感も味わえるようになります。未経験から入る世界こそ不慣れな分、苦労も多いです。しかし、今味わっている苦しみばかり気をとられ、耐えられずに諦めてしまうのはもったいないことです。苦味を味わっている最中、お先真っ暗だと感じるかもしれませんが、そうではなく、もしかしたらお先に、自分でも想像を超えるほどの甘くうっとりするような世界が待っているのかもしれません。苦しいときこそ投げださず、苦味が甘みへと変わるまで堪えてみるのです。苦ければ苦いほど甘みも増すかもしれません。

1月末、私は友人に誘われボルダリングを初体験しました。今まで1度もやったことがなく、不安とワクワク感を抱きつつ、スタジオに入りました。最初にルールなどをインストラクターから聞き、その後すぐに体験がスタートしました。一番下のレベルから順番にトライし、苦戦しながらもどうにかこうにかクリア。ですが、難易度が高くなるにつれだんだんと斜面も急になり、手を掛けるところもほとんどなくなっていきました。へとへとになりながらも、ようやくたどり着いたその日の最終コースは特に難関で、ゴールの直前までは行くのですが、最後の一歩(一手?)が前に出ず、力尽きて下に落ちてしまいました。

トライしてもトライしてもゴールに到達できず、落ちる度に気分は沈む一方。遊びに来たにもかかわらずどんどんストレスがたまり、そのうちにトライすることすらイヤになってしまいました。「あきらめてもう帰ろうかな」そんな風に思ったときに、ふとそのスタジオの最難関コースで上級者と思われる人が苦戦しながらも何度も繰り返し登っているところを目にしました。その方は素人の私でも分かるほど上手な方でしたが、一方でそり立つ壁はとにかく急で、冗談かと思うほどです。笑

その方は挑んでは落ち、挑んでは落ちを延々と繰り返していました。「イヤにならないのかな~」なんて思いながらその方をしばらく見ていると、その方と私とで大きく違うことがあることに気がつきました。私は失敗する度に落ち込み、落ち込んだ気分のまま挑戦してまた失敗。負のループを繰り返していました。ですがその方はたとえ落ちたあとでも悔しそうな顔は見せますが、モチベーションは一切下がらず、むしろ上がっているようで「次こそは!」と何度も何度も挑戦していました。

私はたった数回失敗して落ち込んでいる間にも、その方は3本も4本も高いモチベーションで繰り返し挑戦している・・・「私の努力なんてまだまだだ」と強く反省し、「嘆いているヒマがあるならもう1回」と気持ちを改め再び登りはじめました。気持ちは復活しましたが、技術が伴わずにやはり失敗の連続。それでも心は折れずに何度も何度も挑戦しました。そして、再開してから約1時間。「自分はできる」と言い聞かせながら繰り返し挑戦した結果、ようやくゴールにたどり着くことができました。私は達成感でいっぱいになり、最高の喜びを手に入れることができました。

苦戦している間はとにかく辛いものでしたが、そこで屈せず手に入れたものはうっとりするような最高の世界であることを強く感じました。もし簡単に諦めていたら、この甘美な気持ちは味わえなかったと思います。人生苦しい時が誰にでもあるものですが、簡単に逃げ出さず挑戦し続ければいつか苦みが甘味へと変わっていく瞬間がやってくるはずです。一緒に挑戦を続けましょう!

小話用
ボルダリングジムにて

望月紗耶

関連記事

PAGE TOP