ヨガ哲学の小部屋「スノーボードのバスツアー」望月紗耶

今回のヨガ哲学の小部屋は望月紗耶先生です。
担当レッスン:
火曜日 10:00-11:30 OPEN
火曜日 15:00-16:30 入門
火曜日 19:30-21:00 OPEN
日曜日 11:00-12:30 入門

「スノーボードのバスツアー」

ヨガの根本経典「バガヴァッド・ギーター」に、このような教えがあります。
「私に心を向け、私を信愛せよ。あなたはこよなく私にとって愛しいから」
ギーターに登場するクリシュナという神様が語っている言葉です。クリシュナ神は文字通り神様のことですが、ヨガにおいて神様は“私たちが生きる世界”もっと言うと“目の前の現実” のことを言います。つまり、この教えは「目の前の現実に心を向け、それを信じ愛しましょう。世界はあなたをこよなく愛してくれているのだから」と言い換えることが出来ます。

私たちは自分にとって都合が良い現実に対しては、進んで心を開くでしょう。仕事がうまくいったり、思いもよらない素敵な出来事が起こったり等、そんな時は「なんて素晴らしい日だ」、「神様ありがとう」とその現実を受け入れることでしょう。ですが、自分にとって都合が悪い現実に対してはどうでしょうか。「なんでこんなことが自分の身に起きるんだ」と、その現実を拒絶しようと、心を閉ざそうとするのではないでしょうか。

このように、人は普段目の前の現実を主観のみで捉え、ある時は受け入れ、またある時は拒絶しようとしているのです。ヨガにおいては自分の好き嫌いで態度を決めるのではなく、たとえどんなに都合の悪いことでも受け止めていくことが大切であると説いています。その理由は、都合の悪い現実にこそ人生において経験すべきことや学ぶべきことが多く存在し、それを経てはじめて自分を高めることが出来ると考えられているからです。

例えば子供の頃。私は、大好きなお菓子ばかり食べ、親から口酸っぱく「食べ過ぎちゃダメよ。ちゃんと栄養のあるものを食べなさい」と毎日のようにいわれていました。当時は嫌々ながら従っていましたが、大病も無く健康な身体を手に入れている現在から振り返ると、本当にありがたい躾であったと感謝しかありません。あの時、言うことを聞かずにいたらどうなっていただろうかと考えることがあります。日々の生活において、こうした自分にとって好ましくない、でも受け入れるべき現実は数えきれないほど多くあるかと思います。「嫌だな」、「うるさいな」と感じる現実は、実は神様が差し出してくれる親の愛のようなものなのかもしれません。拒絶したくなるような現実を思いきって受け入れてみると、きっとその先にはきれいな光が差してくるはずです。

2月の初め、私は夫とともにバスツアーで群馬県水上にあるゲレンデへ、スノーボードに行ってきました。今シーズン初めてのスノーボードに心躍らせる一方、私は車酔いすることが数多くあり、約3時間のバス移動に一抹の不安を感じていました。ツアー当日、私は「車酔いして他の乗客に迷惑をかけるわけにはいかない。起きていると酔ってしまう可能性が高いのでバスが動き出す前に寝てしまおう!」と考え、バスに乗り込むと同時にイヤホンを耳栓代わりにしてタオルケットを顔にかけ、完全睡眠体制に入りました。ウトウトとなり、間もなく寝入りそうなところで、突然「ボン、ボン、ブッ、ブッ、キュキュキュー」とターンテーブルの音が耳に入ってきました。「ん?だれかのi-podからの音漏れかな?」と思い、耳栓代わりにしていたイヤホンを外して周りを見渡すとその音はもうしなくなっている。気のせいかな?と思い、再び寝ようとするとまたどこからか「キュキュキュー」と先程の音が。

「いったいなんだ?」と思い、体を起こして周りを見渡すと、やはりその音は消えている。

何度かそれを繰り返し、ようやく音の原因が分かりました。その音は、通路をまたいだ席に座っているお客さんのヒューマンビートボックス( 口を使ってDJ機のラップのようなリズム音を出す )だったのです。そのお客さんはどうやら癖になっているようで、無意識に「ボン、ブッ、キュキュキュー」とやっている模様。不定期で、また注意するほど大きな音ではないのですが、気になってしまったらもう止まらない(笑) 寝つこうとしてもその音が聞こえてくると、「また始まった~」と目が覚める。で、またウトウトし始めたところでその音が再び聞こえてきて起こされる。それが何度か続き、「全然眠れないじゃん!なんで神様はこの人を私の近くに来させたの?!」とイライラと目の前の現実を受け入れられません。自分の思い通りにいかない現実が苦痛でしかたないのですが、バスから降りるわけにはいきません。

「嫌だ嫌だと思わず、受け入れてみるか・・・良いことがあるかもしれない」

そう考え、無理に寝ようとするのをやめ、そのお客さんのきざむリズムを積極的に聞いてみようと思いました。すると、どうでしょう。それまであんなに嫌だと思っていたそのリズムが、まさにDJ機の音さながらであり、その技術がいかに優れているかが素人の私にもわかるほど素晴らしいものだと思いました。そのお客さんのリズムのレパートリーは豊富で飽きることもなく、どれも「すごいなー」と感心させるものばかり。積極的に聞いてみようと思ってから到着までは本当にあっという間に感じられ、車酔いなんて一切おきませんでした。誰のおかげかというと、隣のお客さんのおかげです。もし、到着するまでイライラしっぱなしの状態が続いていたら、きっとスノーボードをしている間もイライラはぬぐえなかったと思います。それが、「現実を受け入れよう」と発想を変えたことで、あれほど車酔いに怯えていたバス移動が私にとって楽しい時間に変わったのです。やっぱり神様は、私たちにとって必要な世界しか差し出さないのだなと改めて思いました。

さて、みなさんはいかがでしょうか。イヤなこと、嫌いなことから目を背けようとしていませんか。ちょっとイヤな現実にこそ、あなた自身を成長させる種があるのです。現実を拒絶せず、目の前の世界を信じて受け入れてみましょう。きっと新たな気づきや発見があるはずですよ(^^)

さや

たくさん遊んで休憩してるところです♪

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